消費者は単なる環境配慮のスローガンに満足せず、具体的な証拠を求めています。ある調査によれば、インフレで家計が圧迫される中でも、消費者は倫理的かつ持続可能な方法で生産されたことが証明できる製品に対し、約9.7%高い価格を支払う意思があることが示されています。
同時に、欧州では新たな企業持続可能性デューデリジェンス指令が2027年7月に発効し、大企業はサプライチェーン全体にわたる人権・環境リスクの特定と軽減を義務付けられます。サプライチェーンの透明性は、もはや単なる競争上の優位性ではありません。それは、グローバルな規制を遵守し、企業の収益を促進するための必須条件となっています。
この記事では、サプライチェーンの透明性をいかにして向上させ、不確実な時代においても商品の安定供給を維持する方法を解説します。
サプライチェーンの透明性とは何か?
サプライチェーンの透明性とは、企業が自社製品の生産地や生産方法に関する信頼性の高いデータを保有し、その情報を顧客を含む内外のステークホルダー(利害関係者)に明確に伝達できる状態を指します。
これには、製品が「どこで」「どのように」、そして「どのような社会的・環境的条件下で」生産されたかを文書化し、追跡可能にすることが含まれます。この追跡可能性は、製品のライフサイクルの起点となる原材料の段階まで遡る必要があります。例えば、カナダの先住民族が所有するブランドCheekbone Beautyは、製品に使われる成分の調達先からパッケージ、さらには印刷に使用するインクに至るまで、あらゆる要素を考慮し、その情報を顧客に開示しています。
歴史的背景と現代における重要性
商品の出所を追跡する動きは、比較的新しい現象だと思われがちですが、その起源は100年以上前に遡ります。1906年に出版されたアプトン・シンクレアの小説『ジャングル』は、当時のシカゴの食肉加工業界の劣悪な実態を告発し、食品医薬品法や食肉検査法の制定につながりました。これらは、政府が主導したサプライチェーン透明化の初期の例と言えます。
以来、業界全体の取り組みによってブランドの説明責任は高まり続け、近年では世界的に規制が強化される中、多くの組織がコンプライアンスを維持するためにテクノロジーへの投資を加速させています。KPMGによると、2024年にはサプライチェーン関連組織の50%が、予測的なリスク評価やコンプライアンス報告の自動化を目的として、AIや高度な分析ツールを導入しています。
サプライチェーンの透明性と可視性の違い
「透明性(Transparency)」と「可視性(Visibility)」という言葉はしばしば同義で使われますが、それぞれが解決する問題は異なります。
「可視性」は、企業が内部的に「何を見ることができるか」に関わります。リアルタイムでの在庫の場所、出荷の到着予定時刻、あるいは二次サプライヤーの工場が稼働停止したという警告など、自社のオペレーションを正確に把握することが中心です。
一方、「透明性」は、企業が「外部の世界と何を共有することを選ぶか」に関わります。工場の監査結果、二酸化炭素排出量のフットプリント、あるいは原材料を認証農場まで遡って追跡するデジタルパスポートなど、消費者や規制当局といったステークホルダーに対して、信頼できる証拠を作成し、開示する行為です。
この二つは密接に関連しており、可視性なくして透明性は実現できません。データがなければ開示できないからです。しかし、可視性があっても透明性を欠けば、企業はグリーンウォッシング(環境配慮を装うこと)を疑われるなど、大きなリスクを負うことになります。
サプライチェーンの透明性がもたらすメリット
サプライチェーンの透明性を高めることは、単なる義務やコストではありません。顧客との信頼関係を深め、ビジネスの持続的な成長を促進するための強力な原動力となります。ここでは、その具体的なメリットを4つの側面から解説します。
顧客ロイヤルティと顧客生涯価値(CLV)の向上
カナダのコスメブランドCheekbone Beautyは、2020年に製品ラインを完全にクリーンでヴィーガンなものへと転換し、製品の成り立ちを積極的に顧客と共有する戦略へと舵を切りました。その結果、顧客ロイヤルティは急上昇し、現在ではリピート顧客が収益のほぼ半分を占めるまでになりました。
同様に、エシカルなファッションブランドHouse of Baukjenは、ウェルカムメッセージを製品情報から「企業の目的」を伝えるものに変えたところ、コンバージョン率が27%、クリックスルー率が11%、Eメールあたりの収益が70%も向上したと報告しています。透明性の高いコミュニケーションは、顧客とのエンゲージメントを深め、ビジネスの差別化要因となるだけでなく、規制当局に対して厳格な製品安全基準を満たしていることを示す保証にもなります。
サプライヤーとの関係強化
一枚のシンプルな白いコットンシャツでさえ、その生産には世界中の多くの人々が関わる複雑なプロセスが存在します。サプライチェーン全体のオペレーションを可視化することは、協力して解決できるボトルネックを浮き彫りにします。
デザイナー、綿花農家、生地メーカー、縫製労働者など、サプライチェーンに関わるすべての人々と良好な関係を築き、公正な労働慣行を確保することが重要です。サステナブルなアウトドアブランドCotopaxiの担当者は、「労働者に公正な対価を支払い、正当に処遇すれば、彼らはより良い製品を作り、ミスも減るため、結果的にリコールや修理が減少します。サプライヤーとの良好な関係は、サプライチェーンの回復力を高め、最終的には当社の収益を守ることにつながります」と語ります。現在では、WhatsAppやクラウドサービスを通じて、サプライヤーと日常的にコミュニケーションをとり、リアルタイムのデータを受け取ることが可能になっています。
ESG投資へのアピール
Z世代やミレニアル世代の若者は、給与とほぼ同じくらい、企業の気候変動や人権に対する取り組みを重視して就職先を選びます。Deloitteの調査によると、若い従業員の20%が環境問題を理由に転職した経験があり、70%以上が就職活動において企業の環境評価を「重要」だと考えています。
投資家も同様の論理で動いており、KPMGの調査では、M&A担当者の55%が、ESG(環境・社会・ガバナンス)への成熟度が高く、透明なサプライチェーンを持つ資産に対して1%から10%のプレミアムを支払うと回答しています。情報開示への積極的な姿勢は、優秀な人材と資本の両方を惹きつけることにつながります。
規制への備え
世界的に規制は厳格化しています。ドイツのサプライチェーン・デューデリジェンス法では、強制労働のリスクを特定し、軽減したことを証明できない企業に対し、最大800万ユーロ(または全世界売上高の2%)の罰金を科すことができます。前述の通り、EUの企業持続可能性デューデリジェンス指令も2027年7月から段階的に施行されます。これらの法律や同様の規制が世界中で施行される日に備え、今から準備を進めておくことが不可欠です。「安全な環境で、質の高い製品を提供できなければ、数年後には健全なビジネスを維持できなくなるでしょう」と専門家は警鐘を鳴らします。
サプライチェーンの透明性確保が困難な理由
多くのメリットがあるにもかかわらず、サプライチェーンの完全な透明性を達成することは、多くの企業にとって依然として大きな課題です。その背景には、グローバル化したサプライチェーン特有の構造的な問題が存在します。
多層的な複雑さとデータの欠落
グローバル化が進んだ現代において、商品の原産地を追跡することは、たとえ生産している企業自身にとっても複雑な作業となっています。人権や環境に関する問題の多くは、直接契約している一次サプライヤーではなく、その先の二次、三次サプライヤーで発生します。
Tシャツを縫製する労働者の公正な待遇を証明できたとしても、その生地の生産過程まで遡って同様の証明をすることは困難を極めます。特に綿花農場では、深刻な人権侵害が記録されているケースもあります。この複雑さは消費者からは見えにくいため、何か問題が起きた際に、その責任は最終製品を販売するブランドに向けられがちです。企業は、この複雑な構造を消費者に伝え、非現実的な期待を管理する必要がある一方で、透明性を確保する努力そのものが、消費者との信頼を築く機会にもなり得ます。
サプライチェーン透明性におけるテクノロジーの動向
サプライチェーンの複雑な課題を解決するために、テクノロジーの活用が不可欠になっています。ここでは、透明性を高めるための主要な技術トレンドを2つ紹介します。
ブロックチェーンとデジタル製品パスポート
AIとブロックチェーンは、サプライチェーンの透明性を実現する切り札として注目されています。これらの技術は、リアルタイムのデータ管理、原材料の追跡可能性の向上、コンプライアンスの強化に貢献します。しかし、多くの企業は現在も、GoogleスプレッドシートやWhatsAppといった、よりローテクな手法でサプライチェーンを管理しており、信頼に基づくパートナーとの人間関係こそが、最良のサプライチェーンの中心にあると多くの専門家は語ります。
一方で、EUでは「デジタル製品パスポート(DPP)」が法制化され、すべての製品にその出所、材料構成、廃棄方法を開示するスキャン可能なデジタルIDの付与が義務付けられます。2024年から段階的に導入が始まり、2030年までに完全施行される予定です。これは、テクノロジーが規制遵守と消費者への情報開示の両面で、不可欠なツールとなる未来を示唆しています。
AIによるリスク予測
生成AIモデルは、ERP(統合基幹業務システム)、輸送機器のIoTデータ、気象情報、SNSなど、複数のソースからのデータを処理し、潜在的なリスクが発生する前に特定することができます。
米国の製造業者、小売業者、流通業者の98%が、すでに何らかの形でAIをサプライチェーンのワークフローに統合しており、その投資対効果(ROI)を証明することが次の課題となっています。IBMの事例では、サプライチェーンのデジタルツインと処方的AIを組み合わせることで、2年以内に在庫、輸送、生産コストを1億6,000万ドル削減するなど、早期の成果が報告されています。
透明性の高いサプライチェーンを実現する方法
では、具体的にどのようにして透明性の高いサプライチェーンを構築すればよいのでしょうか。ここでは、そのための実践的な4つのステップを解説します。
1. リスクの特定と優先順位付け
まず、既存のサプライチェーン全体を視覚化し、マッピングします。商品がアイデアから製造、生産を経て、最終的に顧客の手に届くまでの流れを正確に把握しましょう。知識にギャップがある場合は、調査を行い、それを埋める必要があります。
次に、過去に発生した混乱やサプライヤー関連の問題、そして今後施行される新しい法律や規制などを洗い出し、脆弱性を特定します。これらの分析を経て初めて、持続可能性に対する包括的なアプローチに基づいた目標を設定することができます。
2. 目標達成のための行動規範の作成
次に、社内だけでなく、協力するすべてのサプライヤーにも適用される行動規範を策定します。サプライヤーとの契約には、基準が満たされない場合に迅速な是正措置を講じるためのタイムラインを明記すべきです。
直接のサプライヤーと協議し、彼らの既存の行動規範や慣行を確認した上で、健康と安全、環境への影響、原産地の不明確さといった特定の問題にどのように協力して取り組むかを決定します。サプライヤーが報告プロセスを円滑に進められるよう、情報開示の仕組みを標準化することも重要です。
3. 進捗の測定
進捗をどのように測定し、報告するか、そしてそのためにどのようなツールを使用するかを決定します。既存のツールやサプライヤーがすでに提出している報告書を活用できるか、あるいは第三者の監査機関を利用する必要があるかを検討します。
アパレルブランド向けに設計されたHigg Indexのような標準化された測定ツールは有効な選択肢の一つです。重要なのは、サプライヤーをパートナーとみなし、対等な立場で協力することです。サプライチェーンは常に変化するため、目標達成のためには定期的な進捗測定が不可欠です。
4. 結果の開示
規制上の義務や特定のコンプライアンス問題がない場合、何を、どの程度ステークホルダーや消費者に開示するかは、企業の判断に委ねられます。どのような選択をするにせよ、その内容は複雑であってはなりません。
ある調査では、消費者の41%が、ブランドが環境や社会への影響に関する目標達成のための行動を「分かりやすく」説明していることが、購買決定に大きな影響を与えたと回答しています。平易な言葉での報告は透明性を育み、消費者の長期的な信頼につながります。可能であれば、顧客をサプライチェーン上の生産者や供給者と直接つなぐ機会を設けることも、より高品質な製品開発や新製品のアイデアにつながる可能性があります。
まとめ
現代のグローバルなサプライチェーンは何十もの国にまたがり、検証可能なデータの必要性はますます高まっています。消費者の要求から、間近に迫った規制の変更まで、透明性の高いサプライチェーンの構築は一過性の流行ではありません。
そして、それは単なる義務ではなく、共に働く人々や私たちが共有する地球のために、より良いことをしたいという純粋な動機に基づくべきです。サプライヤーとの関係に投資し、サプライチェーンへのアプローチを再人間化すること。サプライヤーを単なるリスク要因や利益を損なう存在としてではなく、共に価値を創造するパートナーとして捉えること。その姿勢こそが、持続可能で強固なサプライチェーンを築くための第一歩となるでしょう。





